なぜ社会活動家に?
きっかけは私が通っていた学校に「平和学習部」があったことです。一般的にサッカー部や吹奏楽部などが花形の部活として注目を集めると思うのですが、私の学校ではこの「平和学習部」がまさに花形の部活でした。地元長崎では、平和活動をする部員はよくローカルテレビに取り上げられ、海外にも定期的に行っていました。私はそんな先輩たちの姿を見て入部した、ただのミーハーな学生でした。
実際に入部してみると大部分の活動はとても地道なもので、毎週末街頭で署名活動をしたり、被爆者の方々と一緒に座り込みやデモをしていました。自身の凄惨な経験をもとに半世紀以上にわたって核兵器にNOを突きつけてきた人々に出会えたことが大きかったと思います。「微力だけど無力じゃない」を合言葉に動き続ける様子を見て心からリスペクトし、彼らだけにその活動と責任を背負わせてはいけないと思うようになりました。
なぜボーダレスファウンデーション?
大学入学後、より具体的に核軍縮に貢献するためKNOW NUKES TOKYOという団体を立ち上げました。2017年に核兵器禁止条約の成立に大きく貢献してノーベル平和賞を受賞した国際NGO「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」のパートナー団体に加盟し、国会議員や地方自治体、都道府県知事と面会し、賛同率をウェブ上で可視化したり、国連でスピーチをするなど、国内外のネットワークを広げていきました。
でもやっぱり、80年近く解決できなかった核兵器の問題を学生の間だけで解決できるわけはなく、卒業後も活動を継続できる道を模索していました。そんな時に「ソーシャルビジネス」「起業」というキーワードに出会い、大学を1年半休学していくつかのアクセラに参加しながら事業のプランニングを重ねました。その時、どうすれば課題を解決できる事業を作れるか一緒に考えてくれたのがボーダレス・ジャパンの方々でした。そのままボーダレスファミリーに受け入れていただき、タイミング良くボーダレスファウンデーションを立ち上げるという話があり、NPOと自分の事業の立ち上げをすることになったのです。
次のチャレンジは?
私の究極のゴールはやはり核兵器のない世界です。何度考えても核兵器を無くせない理由はあっても、核兵器を無くさなくていい理由が思いつきませんでした。きっと世界中の人が平和な世界を思い描くとき、核兵器はない方がいいと答えるでしょう。願いが願いのままで終わらないように、私はこれからも核兵器にNOを突きつけていきます。被爆地以外の場所で、核の脅威に触れられる機会を様々な企画を通して作り出していきます。もしかしたら、あなたの街にもふらっと現れるかもしれません。
ボーダレスファウンデーションには平和な世界を切実に願い、動く人が集まります。そういった人たちが一緒になった時、文殊の知恵は世界を変えるソリューションになるかもしれません。この文章を最後まで読んでくださっている心優しいあなたが「参加したい」と思えるような組織に育てていくことが、私の今の最大の任務だと思っています。