peace-ing 事業開発 中村 涼香

わたしのHOPE
誰かの痛みや苦しみに 耳を傾けられる社会を

傷つき、苦しんでいる人の声ほど社会に届きにくい。
その声に寄り添い、痛みの原因になっている社会の構造を見つけ、変えようとする仲間が増える社会に。

HISTORY

これまでの歩み

  • 16

    平和活動を始める

    地元長崎で被爆者などに混じり、署名活動や座り込み、デモを行う。

  • 20

    KNOW NUKES TOKYO設立

    核軍縮により貢献するために、核兵器禁止条約を推進するロビー活動などを展開する。

  • 22

    起業を決意

    社会起業家アクセラレーションプログラム「ゼロイチ」に参加し、起業を目指す。

  • 24

    NPO法人ボーダレスファウンデーション入社

    新規事業Peace-ingとボーダレスファウンデーションの立ち上げに関わる

わたしの物語 わたしの物語

01

なぜ社会活動家に?

きっかけは私が通っていた学校に「平和学習部」があったことです。

一般的にサッカー部や吹奏楽部などが花形の部活として学内の注目を集めると思うのですが、私の学校ではこの「平和学習部」がまさにその花形の部活だったのです。地元長崎では、平和活動をする部員はよくローカルテレビに取り上げられていましたし、海外にも定期的に行っていました。私はそんな先輩たちの姿を見て入部した、ただのミーハーな学生でした。

実際に入部してみると大部分の活動はとても地道なもので、私は毎週末街頭で署名活動をしたり、被爆者の方々などと一緒に座り込みやデモなどをしていました。この時に、自身の凄惨な経験をもとに半世紀以上にわたって核兵器にNOを突きつけてきた人々に出会えたことが大きかったと思います。たとえ課題解決の糸口が見えなくても「微力だけど無力じゃない」を合言葉に動き続ける様子を見て、心からリスペクトし、彼らだけにその活動と責任を背負わせてはいけないと思うようになりました。

02

なぜボーダレスファウンデーション?

私は大学入学後、より具体的に核軍縮に貢献するため、KNOW NUKES TOKYOという団体を立ち上げました。そして、2017年に核兵器禁止条約の成立に大きく貢献してノーベル平和賞を受賞した国際NGO「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」のパートナー団体に加盟し、ロビーイングなど政策的な働きかけを積極的に行いました。国会議員や地方自治体、都道府県知事など様々な為政者と面会し、彼らの条約への賛同率をウェブ上で可視化したり、国際会議にも積極的に参加して国連でスピーチをするなど、国内外でのネットワークを着実に広げていきました。

でもやっぱり、これまで80年近く解決できなかった核兵器の問題を私が学生の間だけで解決できるわけはなく、大学卒業後も活動を継続できる道がないか模索していました。そんな時に「ソーシャルビジネス」「起業」というキーワードに興味を持ち始めました。今まで社会運動の畑で生きてきた私にとって、それはとても新鮮な領域でしたが、大学を1年半休学して、いくつかのアクセラに参加しながら事業のプランニングを重ねました。

その時、どうしたら課題を解決できる事業を作れるか、一緒に考えてくれたのがボーダレス・ジャパンの方々でした。三人集まれば文殊の知恵と言いますが、本当にそんな気がしました。

そしてそのまま私は気づいたらボーダレス・ジャパンの新卒採用にアプライし、しれっと中に入ろうとしていました。以前から事業の立ち上げに関して相談に乗ってもらっていたボーダレスの方々には、この断りにくい、落としにくいアプライをしてしまい申し訳ない気持ちもありつつ、快くボーダレスファミリーに受け入れてくださり、とても嬉しかったです。さらに、タイミング良くボーダレスファウンデーションを立ち上げるという話があり、これまたしれっといきなりNPOと自分の事業の立ち上げをすることになったのです。

なぜボーダレスがNPOを立ち上げるのか、なぜ今なのか、
その答えは私が配信している渾身のPodcastで話していたりするので、もしご興味のある方はぜひそちらを聞いてみてください…!

03

次のチャレンジは?

私の究極のゴールはやはり核兵器のない世界です。
現在の厳しい安全保障環境などを考えれば、いきなり核兵器をなくすことは難しく、得策だとは言えないかもしれません。しかし、何度考えても核兵器を無くせない理由はあっても、核兵器を無くさなくていい理由が思いつきませんでした。きっと世界中の人が平和な世界を思い描くとき、核兵器はない方がいいと答えるでしょう。願いが願いのままで終わらないように、私はこれからも核兵器にNOを突きつけていきたいと思います。被爆地以外の場所で、核の脅威に触れられる機会を様々な企画を通して作り出していきます。もしかしたら、あなたの街にもふらっと現れるかもしれません。その時はぜひ遊びに来てください。

ボーダレスファウンデーションには平和な世界を切実に願い、動く人が集まります。
そういった人たちが一緒になった時、文殊の知恵は世界を変えるソリューションになるかもしれません。今、この文章を最後まで読んでくださっている心優しいあなたが、ボーダレスファウンデーションに入りたい、参加したいと思えるような組織に育てていくことが私の今の最大の任務だと思っています。

MEDIA / AWARD

メディア出演・受賞歴

PROFILE

中村 涼香

2000年長崎県生まれ。祖母が被爆者の被爆3世。高校時代から被爆地長崎を拠点に平和活動をはじめる。2017年にノーベル平和賞を受賞したICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)キャンペナーとして核兵器禁止条約を推進し、2022年、2023年に国連で開催された締約国会議に出席。被爆地の外でのアクションをさらに広げるために東京を拠点とした「KNOW NUKES TOKYO」を設立。被爆体験を継承するために企画した「あたらしいげんばく展」は20社以上のメディアに取り上げられる。2025年よりボーダレスファウンデーションの立ち上げに参画し、peace-ing事業代表を務める。

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